「ウォッカ屋」物語


「ウォッカ屋」物語<その10>

 夏その頃にはすでに結婚していて娘が一人生まれていた。住まいは東荻窪の借家で、隣はあの俳優加藤武さんのお宅であった。裏庭にはブランコがあって、子供はよく遊んでもらっていたようだ。それも後になってから知る。あまり自宅には帰っていなかったし、四谷三丁目曙橋のマンションが主な定宿になっていた。今から思えば贅沢なことだ。
車はブルーバード3Sに乗っていたが、毎夜接待酒ばかり飲むので乗らない日が多かった。
我が社長は日本車の赤いコンパーチブルのフェアレディに乗って会社にやって来た。
いつも奥さんが助手席に座って毎朝会社の前でキスをしてから帰って行った。
日本の夫婦とはえらい違いだと思ったものだ。さて、そうこうする内にいよいよ決心する時がやってくるのである。嫁さんと子供は置いてゆくことになった。いわゆる単身赴任である。
その年の夏のボーナスと今まで貯めていた少しの貯金を頭金にして、友人の勤める不動産会社に頼んで小田急相模原に土地と家を買った。嫁と子供はここに住むことになるはずだ。
気も楽になって次の段階に進むのだが、不安があった、第一はじめてアメリカへ行くのである。
知る人は誰もいない。出発が近づくにつれ、不安が襲って来た・・・28歳の暮れも押し詰まっての頃である。